updated   2024-03-17

❤️ I love Sackbut ❤️ 

サクバット奏者 宮下宣子

vol.1 サクバットの魅力

 小中学校の音楽室によく飾ってある大作曲家の肖像画。私たちの意識として一番昔の人はヴィヴァルディ?バッハ?そしてモーツァルト、ハイドン、ベートーヴェン辺りが一般的でしょうか。日本における西洋音楽は、信長、秀吉の頃にキリスト教と共に一瞬入って来たものの (天草コレジョ館にその頃伝来した西洋音楽関係の展示があります。  http://hp.amakusa-web.jp/a1050/MyHp/Pub/  )日本が長く鎖国をしていた事で、明治になってやっと、本格的に西洋音楽が普及して来た、という歴史があります。
 
 大まかに西洋音楽の歴史を振り返れば、その源であるグレゴリオ聖歌は主に 9世紀頃からフランク人の居住地域で始まり、発展して行きました。しかしこれは一種の民族音楽ともいえるわけで、それが現在も発展し続け、全世界的に根強いファンがいる事は、驚くべきことかもしれません。西洋音楽の発展の過程のもとは、キリスト教の典礼で歌われた単声のグレゴリオ聖歌であり、中世にはそれを基本のラインにして声部を増やし、ニ声、三声、四声と発展して行きました。その後、ルネサンスになると、テーマを追いかけるポリフォニーが盛んに演奏されるようになります。これらは中世からルネサンス、バロック時代にかけた大雑把な宗教音楽の流れです。一方世俗音楽として、吟遊詩人や、大道芸人的な大衆音楽、踊りための舞曲や、お祭り、食事の時の音楽など、あらゆるジャンルの音楽が演奏されて来ました。
 
 日本で西洋音楽的に有名な作曲家はヴィヴァルディ (17世紀 )、バッハ (18世紀 )あたりから始まりますが、それよりもずっと以前から、綿々と西洋音楽は演奏されて来ました。ここで一つ言いたいのは、サクバット好きにとって先程も触れた「鎖国の歴史は、とても残念だ!」と言う事です。なぜかと言うと・・・
 
 ここでサクバットの歴史を紐解いてみましょう。サクバットの呼び名は、押す、引く、の動作を表すフランス語を英語読みにしたもので、言い換えるならばルネサンス・バロック時代のトロンボーン、という意味です。その祖先はトランペットと同じでエジプト時代にまで遡ります。まず単純な直管にベルをつけた金属管があり、それに小さなマウスピースで上の倍音を担当したのがトランペット。同じ楽器に大きなマウスピースで、下の倍音を担当したのがトロンボーンの祖先です。 (イタリア語でトランペットのことはトロンバ、トロンボーンのことは昔も今もトロンボーネ〈オーネ、が付くと、大きい、と言う意味〉になる )そして、トランペットは長さ (調子 )を変えるための延長管は大分前に発明されていました。
 
 それを利便性良く行うために、ベルごと動くスライドが発明されたのは 12世紀頃だとされています。それはスライドトランペットと呼ばれていますが、長さ的に、下の倍音の間隔の中の全ての音を埋める延長分は取れませんでした。そのため、スライドトランペットでは、出ない音がたくさんあり、不完全な楽器なのです。そのために U字型のスライドが発明され、それをもって、全ての音を出せるようになるトロンボーンの原型が完成したのです。それが 15世紀の半ば頃とされ、日本では室町時代でした。
 
 だから、戦国時代以降に鎖国さえなければ、出来たてほやほやのサクバットがリアルタイムに近く、日本に入って来ていたのではないか?と、妄想するわけなのです。
右から 
スライドトランペット(Egger)
テナーサクバット(Meinl社)
モダントロンボーン(Bach社)
 

 歴史的に見ると、今のトロンボーンと似た形になった後も、声との融合性が高いサクバットは、声域のアルト(in E)、テノール(in B)、バス(in E♭やin F など)を補佐する目的のために、種類が増えて行きました。 

左から 
アルトサクバット in E♭
テナーサクバット ln B♭
    バスサクバット in E♭                  
(全て Egger社)

 
 ミヒャエル・プレトリウスは1614年に『シンタグマ・ムジクム』という音楽辞典でさまざまな楽器の歴史について記していて、金管の歴史については以下のように図解しています。

 
 そして財力のある王侯貴族や、その後、産業革命により市民が音楽活動に参加するようになり、大きなオーケストラができるようになると、トロンボーンは、より大きな音を要求されるようになり、少しづつベルが大きくなり、より息がスムーズに入るようにマウスパイプが考案され、スライディングの利便性のためにヴァルヴが開発されていったのです。
 
左から
ルネサンス、バロック時代に使われた   
サクバット(Meinl )
 
古典派時代に使われた
クラシカルトロンボーン
(Egger )
 
現代のトロンボーン
(Bach )
 
 
 
 
 
 
 またマウスピースの形状も大きく変化していて、これは音楽と非常に関連性があります。下の写真はスライドトランペット用のものです。 (Egger)
 リムが平たく、カップは浅めで、スロートへの入り口がとても細くなっています。
 
 これは、古楽器全般について象徴的な事柄でもあるのですが、古楽器にはクッションとなるものが無い、または少ないのです。このため、慣れないと、どちらかと言うと吹きにくい、と言えるかもしれません。楽器やマウスピースの歴史は、どの楽器も共通して、吹き易く、鳴り易く変化して行ったのです。しかし、良い素材の古楽器を、良い奏法で鳴らして測定してみると、古楽器の方がより倍音を多く含み、その豊かな倍音こそが、柔らかく、よく響く、癒される音色のもととなっているようです。
 
 特に金管楽器は息が大切です。息のもとは自分の気持ちで、身体の真ん中にあります。古楽器は抵抗が大きく、とても息が入りにくいのです。だから、入りにくい息を丁寧に、心の底からしっかり吹き込む事で、自分の気持ちがしっかり表現でき、また、うまく抵抗を利用してこそ、表現の幅を広げる事が出来るのです!
 
 平らなリムも、教会で歌の補佐をする役割を担っていたサクバットにとって (歌詞を言えない管楽器が )いろいろな子音を、舌や息でさまざまにコントロールすることにより、あたかも発音しているかのように演奏することが重要でした。そのためには、クッション的役割である丸みを帯びたリムや、柔らかい肩を持ち、息の入り易い現代のマウスピースよりも、直接的に表現が伝わる形の古楽器系のマウスピースの方が、確実に表現の幅が広がるのです!
 
 個人的なことにはなりますが、私がサクバットを始めたキッカケなのですが、バッハが好きだった私は、トロンボーンで無伴奏チェロ組曲を練習していました。そして、その時代の楽器を使ったら、どんな感じになるのだろう?という興味からサクバットを手にしました。結局テナーサクバットには、無伴奏チェロ組曲は音域が低過ぎ、難し過ぎて断念しましたが、その無念さが、その後も続ける原動力となりました。余談ですが、 3枚目の拙 CDはバッハのヴィオラ・ダ・ガンバソナタを全曲、パイプオルガンと一緒に演奏していて、少し雪辱した感じです。
 
 もう一点、古楽を演奏する際に必ず知らなければならないのが、音律の知識です。音程感覚は自分の身体で覚えるもので、この問題でも、私は一度挫折しています。現代は平均律が主流になっていて、これはどんな転調も、そして現代音楽でたまに用いられる 4分音 (半音を更に半分にした音程 )などにも適応可能な、現代に相応しい音律だと思います。しかし、金管は自然倍音が基礎なので、純正調を尊ぶ姿勢が基本的ですよね。オーケストラなどは、ケースバイケースで、いろいろな音程の取り方をしていて、結果厚みのある音色が生まれたりします・・・。本来、純正 5度を積み重ねて行くとオクターブからはみ出る、という、オクターブがキチンと割り切れないために、ピタゴラスの時代から、さまざまな音律が作られて来ました。因みにピタゴラスは、道を歩いていて、馬の蹄鉄を鍛える鍛冶屋の打つ槌の音が、ハモったり、ハモらなかったりすることから、音律を考え出したそうです。ピタゴラスから中世くらいまでは、音が同音かオクターブか 5度で終わることが殆どでした。そのため、その音程か完璧にハモるピタゴラス音律が最適でした。時代が進んで、音楽に 3度のハモリが大切になって来ると、 3度が一番美しい中全音律 (ミーントーン )が広く使われました。しかし、中全音律は、その調、その調で音程が固有なため、転調が出来ませんでした。そのためにヴェルグマイスター、ヤング、ヴァロッティ、ケルナー、ラモーなどのさまざまな音律が、その音楽が何を一番大事にするのかで、考え出されて来ました。全ての音律には長所、短所があり、どの音律を採用するかは、時代、地域、音楽の種類により、さまざまなのです。だから、ルネサンスや初期バロックの音楽をやるためには、この頃の主流であった中全音律を理解する必要があります。中全音律での半音階は、平均律と全く違い、クロマティックがラテン語で『色彩』という意味が納得できる感じです。私はこの感覚が掴めず、苦労しました。しかし、これは調律の必要がある楽器について必携であるものの、勿論それらの楽器とユニゾンする場合は、ある程度気をつける必要がありますが、我々トロンボーン奏者は、とにかく美しいハーモニーを出すのが最重要課題なので、そのためには、単に音の高さだけではなく、お互いによく聴くことや、バランス、お互いを思いやり、寄り添う気持ちの方がもっと大切だったりするので、音律については、あまり深く悩まなくても大丈夫でしょう。大切なのは、心からの気持ちをこめた「音楽」なのですから!
 
ハーモニーをとてもきれいに創り出すコツは、息のところでも触れたように、抵抗を利用する感じで、音を当てないことです。ゼロ発進のように静かに入って、ハモったな、とおもったら鳴らすようにするといいです。
 
 最後に、古楽を演奏することにより、一番現代に役立つものは何だと思いますか?  

 これは「オデカトン」という、音楽史上初の印刷楽譜です。
これを見てもわかる通り、昔は印刷技術が発達していなかったせいもあり、情報量が極端に少ないのです。小節線がなく、時として♯や♭もなく、音が長さに関係なく活版で押されているため、見た目の感覚が使えない、アーティキュレーションもありません。この楽譜を使って、フレーズを読み取り、自分でアーティキュレーションを加え、音楽的に仕上げて行く作業。これは、現代において「楽譜に忠実に」ということばかりで、自分で考えない、感じない習性に対して、物凄く勉強になることです。音楽の歴史はずっと繋がっているわけですから、大まかな文法は同じです。隣り合う音は繋げ、飛ぶ音は切る、など大原則を基本にし、あとは自分で自由に解釈して行く。これほど楽しい作業はありません。そして、自分で音楽を創り出す習慣ができれば、その自ら創り出す手法を、現代の音楽にも生かすのです。こうすることにより、どんな音楽も自主的で意味のある、素晴らしい音楽にすることが出来るようになること請け合いです。
 
 また、バロック時代には装飾もたくさん入れるようになります。サクバットの場合は動きが重いために、そんなに細かい動きはできませんが、この作業はしっかりハーモニーがわかっていないとできないことです。このあたりが、古楽とジャズが似ている、と言われる所以でしょう。
 
 サクバットの一番の魅力は、神の声のような、倍音を豊かに含んだ音色。そしてそれらが合わさることにより、更に倍音が増えるハーモニーの素晴らしさに尽きます。純粋で曇りのない美しいハーモニーであるからこそ、表現できる世界、というものが絶対にあって、我々トロンボーン吹きは、使う手段が古かろうと、新しかろうと、目指すところは一つだと思います。
 
次回は、2022722日~28日に、スペインのバレンシア地方
モレッリヤで行われる、中世音楽セミナーの体験記になります。
乞うご期待!

2022年7月21日