❤️ I love Sackbut ❤️
サクバット奏者 宮下宣子
vol.4 ヨーロッパの古楽祭
今回は、私が以前に参加した古楽祭やサクバットの講習会などに絡めて、そこで出会ったサクバット奏者や、他の古楽器奏者の紹介もして、古楽全般に親しむキッカケになれば、と思います。
私が初めて参加したのは2011年7月フランス、ノルマンディーのリジューという北フランス海岸寄りの小さな町でした。(りんご発泡酒のシードルとそば粉クレープが有名な町です)
サクバットの先生はフランク・ポイトゥリヌ氏でした。(当時はLa feniceという古楽グループでバスサクバットを演奏していて、銀のMeinl社製の楽器を使っていました)
講師コンサートでは、17世紀の作品で、ソプラノ歌手をソリストに、通奏低音のパートをチェンバロと共に演奏する珍しい組み合わせで演奏され、そんな風に自由な組み合わせでも聴かせられる古楽の自由さに、感心したものでした。
ポイトリヌ先生のレッスンでは、しっかり息を吸って、お腹でしっかり支えること。あと、最終音の前で安易に息を吸わないように、ということを注意されました。フレーズや音楽の流れ、カデンツァ(終止)は一番言いたいことなので、大切にしなさい、ということでした。
アンサンブルでは、ヴァイオリン2とサクバット2のダリオ・カステッロのソナタや、ガブリエーリ、アネーリオの宗教曲などを皆さんと演奏しました。
サクバットの受講生の中には、使用マウスピースは、普通にモダンのBach6ハーフの人もいたりして、リムの平らなマウスピースに拘っていた私からは驚きでした。「日本では、まずは型から入る」でしたが、フランスでは純正な美しいハーモニーを最も大切にしていて、これこそサクバット本来の役割だということを、再認識させられました。
この講習会では、アダム・ウールフのエチュードの基本練習もやりました。
リジューの講習会のコルネット講師は、見事な即興演奏で有名なウィリアム・ドンゴワ氏でした。
ドンゴワ氏のYouTubeチャンネル
https://youtube.com/channel/UCsD-VRC141YOsPfeMHjtX9Q
彼の主導で、希望者は毎朝、ヨガのような、柔軟体操みたいなものをやっていたのが印象的でした。やはり脱力は誰もが大切にすることなのでしょう。彼のレッスンではジャズのパッセージ練習と同じように、ディミニューション(英語ではディヴィジョンとも言う、分割奏法。「ドーレード」を、「ドラシド レシドレ ド」のように)を、みんなで練習しました。美しい装飾は、このように、一つの音を華やかにして組み合わせている、とも言えます。ハーモニーの中の音を使って、組み合わせて自分独自で音楽的なフレーズを作って行くのが古楽の一つの醍醐味であり、これはジャズと共通するところです。(ただ、サクバットは細かい動きがあまり得意でないし、アンサンブルの場合はソプラノ声部が、この役割を担う場合が多いです。サクバットの場合も、ソロを吹く時、またはサクバットアンサンブルで上声部を吹く時には効果的、必要なテクニックです)
この講習会ではドンゴワ氏は、古楽全般についての特別講座(装飾法のことなども含めて)を、町の一般の人向けに対して行い、質疑応答では活発なやりとりもありました。
ヨーロッパに行くと、言葉と音楽の類似性、建築物や美術と音楽の類似性を、大変密接に感じます。17世紀のヨーロッパにおいて、宮廷を舞台に誕生したのがバロック様式。絶対王政の時代らしく、華麗でダイナミックな装飾が特徴です。国ごとに様式に差異はありますが「太陽王」と呼ばれたルイ14世が統治した時代のフランス建築や美術が、バロック様式の中心とされていて、ヴェルサイユ宮殿はその代表です。そして教会建築にも同様の特徴が見られます。ヨーロッパの装飾を施された柱、扉、家具などを見ていると、装飾の造形美から、音楽の流れが浮かんで来るような気がします。
また、これは全くの余談で私見ですが、各国の一般的な公衆トイレに備えてあるトイレットペーパーの紙質と、その土地の音楽の印象との類似性を感じることが多く(最近はどの国も均質に良くなって来つつありますが)、『やはりその国、土地の音楽と、生活は、密接なんだ』と痛感したりします。
他にリジューの講習会にはチェンバロ、ヴァイオリン、ヴィオラ・ダ・ガンバ、リコーダーや、バロックファゴットのクラスもあり、ファゴットはセルジオ・アッツォリーニ氏が講師で、その素晴らしい演奏は忘れらません。
リジューの古楽祭は、それほど規模は大きくなかったものの、やはり一週間ほど、町が公共の場所を提供し、町ぐるみで開催していました。夜は毎日、参加者が車に乗り合いで、郊外のいろいろな教会に出かけたり、町の劇場でコンサートが開かれたりしていました。
お昼時には旧市役所の広場で、子供達の弦楽アンサンブルがあり、町の人たちも集まって、無償で提供された町の特産品シードルを飲みながら、皆で一緒に楽しんでいたのが印象的でした。
その後受講者も先生もワインを飲みながらゆっくり食事して、講習会なのに本当にゆったりとした時間の過ごし方の差に、驚愕した覚えがあります。
リジューの講習会後はフランスの新幹線TGVを使ってミラノ、そしてベネツィアを観光した後、イタリアのマルケ州ウルビーノでの古楽祭に参加しました。ウルビーノはラファエロの生誕の地としても名高く、この音楽祭は長い歴史がある大規模なものです。2011年参加時は第49回目でした。(以下は今年のURLです。https://www.fima-online.org/en/urbino-early-music-2022/もう終わっていますし、サクバットのコースはなかったようです)
以下は主催者の概要です。この古楽祭はFIMA – イタリア古楽財団 – 以前は SIFD (1971 年に Giancarlo Rostirolla によって設立された Italian Recorder Society) として知られていた – は、ローマに拠点を置く非営利団体です。FIMA は、毎年ウルビーノで国際古楽コース、古楽フェスティバル、楽器製作者向けの展示会を開催しています。またFIMA は、RECERCARE と呼ばれる年次ジャーナルを発行し、専門のライブラリを維持しています。
私が参加した年はサクバットはシャルル・トゥート氏、コルネットはブルース・ディッキー氏(二人はコンチェルト・パラティーノという古楽金管アンサンブルを共催していて親密なため)合同クラスで、A=466hz(ガブリエーリの頃のヴェネツィアのピッチと言われています)でミーントーンのオルガンのある教会で、ファクシミリ(小節線のない楽譜)を使った、かなり本格的なコースでした。
サクバットの講習会の内容
①ミーントーン(中全音律、16~17世紀の作品のための音律)での、3度をハモらせるウォーミングアップ。主な注意点は♯は低め(d-f#-aをイメージすると、わかりやすい)、♭は逆に高めがコツ。
✳︎ミーントーンはピタゴラス音律(5度を完璧にハモらせる音律)の後に、3度のハモリを主眼に考えられた音律です。オクターブが完璧に割り切れないために様々な音律が存在する事はvol.1で触れました。ミーントーンの場合は歪みが大きく、それが一番表れる唸りをウルフ5度と呼びます。ミーントーンは歪みが大きいために転調が出来ないので、調性音楽が主流の後期バロックくらいからは、あまり使われなくなりました。
②ディミニューション(分割)のための細いパッセージの練習。
なんと、正統的と言われる古楽奏法では、リップスラーを活用したノータンギングのスラーは使いません。歌では歌詞が基本なので、言葉ひと続きのところは繋げますが、弓を使う古楽器ヴィオラ・ダ・ガンバは「ひと弓」で弾くスラーはやりませんし、リコーダーはスラーの場合でも必ず柔らかく舌を使います。その理由は、教会のように、とても響くところで演奏するのが基本であったから、と推測します。それに即してサクバットもリップスラーは基本的に使わず、常に柔らかく舌を使い、その発音のニュアンスで、さまざまな表現をすることが大切なのだ、と理解しました。ひとつの音を細かく分割して装飾するディミニューションの練習も、全て柔らかく舌を使っていました。
✳︎このリップスラーへのアプローチの違いが、フランス、スペイン系のサクバット奏者と、イタリア、オランダ、スイス、イギリス系のサクバット奏者で大きく違う点です。(ドイツは不明です)フランスのダニエル・ラサール(彼のサクバットエチュードはトロンボリンピックといって、レミントンのようなリップスラーを取り入れています)や、それを踏襲するスペイン人のエリアス・エルナンデスは、基本奏法はモダンと何ら変わらないようです。
③アンサンブル練習は、小節線のないファクシミリと呼ばれる楽譜を使って、行われました。元々の楽譜は小節線、という考えがないものでした。13世紀に定量記譜法(拍子の感覚)が発明されて、小節線が出来たのです。
小節線のない楽譜では、A.Bなどと区切りを決めて、そこで合わせるようにしましたが、なかなかスリリングでした。
④コルネットと、466hz、ミーントーンのパイプオルガンのある教会で、ガブリエーリなどや、ソロのレッスン。
2011年はヨハンネス・チコーニア (Johannes Ciconia c1373-1412)の没後600年記念企画クラスがあり、クラウディア氏が特別講師で、そのクラスでも演奏させて頂きました。(チコーニアは中世イタリアの13世紀末期の作曲家。 リエージュ生まれで、ルネサンス音楽の時代に先駆けて、フランスやイタリアで活躍した最初のフランドル人作曲家の一人とされている)その頃にできた定量記譜法にも触れ、音楽の元は3拍子(○で表され、三位一体、キリスト教において 父 子 霊 の三つが「一体」であるとする教え)が基本であることなどを講義していました。その実践として、最後に皆でミニコンサートをやりました。
ウルビーノでは、開催されているどのクラスも聴講可能で、私はガンバのパオロ・パンドルフォ、バロック・オーボエのアルフレッド・ベルナルディーニ、チェロのガエタノ・ナジッロのクラスを聴講しました。
夜のコンサートもとても充実していて、お城の地下の台所だった、もの凄く響く場所でのバロック・ヴァイオリンのエンリコ・ガッティとチェンバロのリナルド・アレッサンドリーニのデュオ(因みにアレッサンドリーニは、今年2022年10月新国のオペラ公演でヘンデル《ジュリオ・チェーザレ》を指揮します。/ロラン・ペリー演出)
また、リュートのポール・オデットやポプキンソン・スミスのコンサートなどが素晴らしかったです。
最後は修了証書も出て、本当に充実した時間でした。この音楽祭には世界各国から沢山の参加者があり、リピーターも多く、古楽好きなら一度は参加する価値のあるものだと思います。
こうして見ると、西洋音楽発祥の地においても、音楽を大切に守り続けようと一所懸命にオーガナイズする方々がいて、またそれを自治体なり、教会、企業が援助しています。また歴史ある町では、町興しと古楽祭を絡めているようにも思います。私が参加したもの以外にも、他にサクバットコースのある古楽講習会やフェスティバルはたくさんあるようです。
このようなヨーロッパと日本と比べてみると、芸術に対する補助金の他にも、日本の短すぎるお休みが挙げられるかもしれません。私の体験したどの講習会も、夏に長期間ゆっくりじっくり、というのがその魅力のひとつでした。バカンス気分で参加している人もいますが、それも大きな人生の楽しみ方でしょう。
とにかく講習会は、効率よく学ぶ場として、とても有意義なのは間違いないところです。